人形佐七捕物帳140
人情物に昇華、苦い結末にしないのは横溝節
「神隠しにあった女」（横溝正史）
（「完本 人形佐七捕物帳八」）
春陽堂書店
「神隠しにあった女」（横溝正史）
（「神隠しにあった女」）角川文庫
客を船に呼び、
春をひさぐお千代船。
小松屋の若い手代･宗七が
船を下りた後に一瞬目撃した、
暗闇の中で抱いた女の顔、
それは
大店の娘･お福であった。
お福は十日前、
突然行方がわからなくなり、
神隠しにあったと噂されていた…。
現代であれば捜査網を駆使して
見つけ出すのが容易な場合であっても、
江戸の世の中であれば
そうもいきません。
横溝正史の人形佐七シリーズの
一作である本作品は、やはり
捕物帳ならではの設定であり、
短篇ながら謎解きの多い、
味わい深い一篇です。
【捕物帳一四〇｢神隠しにあった女｣】
小松屋重兵衛
…名代の刀屋の主。
宗七
…小松屋の若く有能な手代。
重兵衛に目をかけられている。
宝屋太郎右衛門
…刀屋宝屋の主。
お常
…太郎右衛門の妻。重兵衛の妹。
お福
…太郎右衛門の娘。十七。
神隠しにあって行方不明だった。
宗七がお千代船の中で会う。
お蝶
…太郎右衛門の娘。十八。お福の姉。
太郎右衛門が若い頃、
女中･お吉にうませた娘。
お吉
…宝屋の元女中。お蝶の母。
悪事を働き島送りとなっていたが、
赦免される。
数日前に宝屋に怒鳴り込んできた。
お島
…お福の乳母。
不知火権三
…島帰りの男。頬に刀傷を持つ。
辰･豆六…佐七の乾分。
お粂…佐七の女房。
佐七…人形佐七と呼ばれる御用聞き。
本作品の味わいどころ①
抵抗しなかった娘･お福の謎
生娘のまま無理やり客を取らされた
娘･お福。
悪漢に捕らわれの身とはいえ、
何か抵抗したり意思表示したりする
手段はあったはずです。
なぜ悪夢ともいえる運命に
身を任せようとしたのか？
この謎こそ、
本作品の最大の味わいどころです。
お福には腹違いの姉･お蝶がいます。
二人は腹違いでありながらも
見た目が瓜二つであり、
そして互いに仲がよかったのです。
ところがお蝶の実の母が性悪女で、
流罪になっていた島から帰ってきたのが
事件の発端となるのです。
下手人は早々にわかるのですが、
だからこそお福の行動の謎が
味わいどころとなるのです。
本作品の味わいどころ②
備前長船にまつわる人情話
宗七がお千代船の中に
置き忘れてきた刀剣は
備前長船の逸品でした。
いわくのある一振りであり、
これが人情話に繋がっています。
本作品の味わいどころ③
苦い結末にしない横溝節
お福もお蝶も命を救われますが、
気の毒なのは傷物にされたお福です。
幸いにして相手は
宗七一人だったのですが、
受けた心の傷は浅いはずがありません。
それを上手にまとめ、
人情物に昇華させたのは見事です。
苦い結末にしないのは
横溝節炸裂といえるでしょう。
またしても佐七の推理は
直感としかいいようのないものです。
しかも手代が遊んだ娘が
実は主人の姪だったという設定が
ご都合主義と言えなくもないのですが、
そんなことが気にならないのも
時代物の良いところです。
前回取り上げた｢羽子板娘｣では、
佐七一人の捕り物でしたが、
今回は佐七の恋女房･お粂、
巾着の辰五郎、
うらなりの豆六の、
佐七一家揃い踏みです。
佐七捕物帖の中でも
名作の誉れ高い逸品、
ぜひご一読ください。
※本書は現在絶版中ですが、
まもなく人形佐七捕物帖
全180篇を収録する
｢完本人形佐七捕物帖｣が
刊行されます。
（2020.2.17）
〔追記〕
｢完本 人形佐七捕物帳｣購入しました。
全10巻揃えるのに
時間がかかりましたが、少しずつ、
じっくり読んでいきたいと思います。
アイキャッチ画像は
｢完本｣に変更しました。
（2023.3.21）
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